間違った療法を習ったことの悲劇

世の中の施術業?の多くは治せない療法であることが広く知られてきたことと思う。
同じ症状で2年も、3年も、5年も通っても治らないのは明らかに間違った療法だから。
しかし、治らなくても何らかの希望を持とうとするのが人類、いや生物の性(さが)なのか、良くなっていると思い込むために自分をだます方法を考えるようだ。だから誤った療法に固執して偽物療法から抜け出せない。
 
患者の話を聞いていると実に嘆かわしい実情を知ることがある。
事故で頸椎を傷めて45年間重苦しい不快な日々を送ってきた人は「人類とは苦しいものだ。世間の人はみんな同じような想いで生きているのだ。だから私も我慢しなければいけないんだ。こう自分に言い聞かせて生きてきました。それなのに時間をかけて首を擦っただけでこんな爽やかな朝の目覚めを迎えるなんて夢のようです。」「チンタラ、チンタラと長い時間かけて首を擦られて内心は不満でした。もっと強くカンカン・ポキポキとやってほしい、そうしないと私のこの首が治るはずがないでしょう」と思っていたおばあさん、2回の施術で翌朝にはすっかり気分が良くなり、やっとこの療法の良さと真髄を認めてくれて「こんなやり方があるんですね。カンカンとならさないと治らないと思ってました」と言ってよろこんだことがあった。(いや真髄まではわかってはいないだろうが、まあ、そういうことにしておこう)

あるいは、40年以上も体調が悪くていろんな療法を探して某療法で少し良くなると、それを習って知人にも広めようとする。そのことはいいことだが、本来の正しい療法ではないから治ることはない。だから当院にやってくるわけだ。
本人の体験談を聞いていて『いろんな療法で一旦は治ったんですか?』と聞くと『次のステージに進みました。』と意味不明の答え。
「いえ、治ってはいません」と言えば分かり易いのだが、自分で習って知人にまで広めているから<治らない>とは決して言えないらしい。プライドなのか、自分のやっていることを否定したくないのか、本能的に真実を覆い隠そうとしているのである。
だから治りもしない療法を捨てられない。素直に「いえ、私の習った療法では治りませんでした」と言えば、自ずと次に採るべき行動が見えてくるのだが間違った道だと認めないで「次のステージ」とやらに進んでしまっては過ちに気づかないまま歳月が経ってしまう。
世間の施術家にはこんなのが多いと思う。何百万円も出して何年もかけて習った療法が実は金儲けのための療法であって本気で治す療法ではないと悟った時、今更辞めるわけにもいかず、かと言って治らないと認めるのもイヤだし、だから何とか自己弁護の手段を考えるのだろう。そこで治ってはいないが変わってきていると思うことで自分を納得させる手段を身に付けるようになる。
プロの施術家にはこんなのが多い。患者が質問してもまともには答えないではぐらかすのだ。正しい知識がないからまともには答えられないということだ。
自分でも治せない療法だとわかりながら患者をだまして生活をしている施術家の多いこと。人として恥ずかしくないのか?
昨今の国会答弁も質問には正面からは答えない。今の与党は正しいことはしていないから質疑にはまともに答えられない。議論がかみ合うことはないのである。
 
そして、少しでも良くなったら「諦めなくてよかったね」と激励する。治っていないから激励するのである。
結局のところそこには「治る」という概念はすでに存在しない。
治らないのが当たり前、上手に付き合っていくしかないと思い込んでしまうのだ。
世間の多くの人はこのように人生を過ごしているようである。

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